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育恩の峰より
奥之院思親閣別当 佐藤 順行
身のひゆること(みのぶ誌2022年2月号より)

 冬の季節は毎日の勤行も日に日に辛さが増していきます。奥之院の標高は1,153メートル。麓より気温は5から7度程低くなります。真冬には日中でもマイナスの日も多くあります。ですが、私達の日々の勤行の際は暖房器具は使いません。寒さに耐えながら、いつもと変わらずお題目、お経をお唱えします。また、必ずお祖師様が記された御文章も拝読します。これは『身延山御書類聚』といい、数多いお祖師様のご文章の中でも特に身延山でお過ごしになられた9か年の間に信徒に宛てられたお手紙等から抜粋されたものです。その為、当時のご生活ぶりや身延山の自然の様子などが記され、往時を偲ぶ事が出来ます。当時、殊に冬の間は大変に厳しい状況にあられました。ある年は11月から正月まで雪が降り続け3メートルほど積り、道も塞がり食物も絶えてしまいました。まるで八寒地獄のような寒さで衣も凍り付く中、器に雪をもってご飯の代わりに、水を汁物や美味しい飲み物だと思って頂いたとあります。お祖師様が身延山に入られ、三間四面の小さな草庵が建てられました。8年程をこの草庵でご生活されましたが、傷みが激しくなるにつれ、壁は落ち月明かりが差し込み、部屋の中まで雪が積もっていたともあります。こうした厳しい環境が次第にお祖師様のお体を蝕んで行きました。ご入滅される1年程前のお手紙では、ご自身のご病状を語られつつ、子を亡くした母親への慰めとご供養の御礼が記されています。「体もやせ食物も喉を通らなくなる中、身の冷える事は石のようであり、胸の冷たさは氷のようです。ですが頂いたお酒で薬草を飲んだなら、胸に火が灯りあたかもお湯に入ったかのようでしょう。溢れる汗で垢を流し足までも濯ぐ事でしょう。このお志にどうお礼を申し上げたら良いものか」。こうしたお祖師様のお言葉を拝しながら、お祖師様が体験された寒さとご苦労に比べれば、これ位の寒さなどと、自身を鼓舞しこの冬も乗り越えて参ります。