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育恩の峰より
奥之院思親閣別当 下里 是龍
その一瞬を大切に(みのぶ誌2024年8月号より)

 私の娘は両手指に重度の障害(指が短かったり爪がなかったり)をもってこの世に生を受けた。坊主の娘が障害をもって生まれると自分の罪障(今までの積み重ねの罪)や因縁と揶揄され続け次第に仕事がなくなった。それはそうだ。安産祈願をお願いし「健康な赤ちゃんが生まれますように」と祈願をするのに、そのお上人の子に障害があれば「あのお上人にお経を読んでもらっても効かないんじゃないの」と離れていった。しかし娘は障害をものともせず育ってくれた。「なんで私だけこんな手なの」と一度も聞く事もなく。まして私のせいにするでもなく。私は娘が誕生して以来ずっと娘の手を人前に出す事さえ気にしてしまう愚かな親だった。そんな親よりも娘は強く逞しく堂々と自分の道を歩み続けている。隠す事もせずむしろ個性とし「神様が私にくれた手だから私はこの手が大好き。できない事も多々あるけどそれも個性(笑)」と。
 私の好きな言葉に「一期一会」がある。一生に一度の機会。生涯に一度限りであること。私はどんな時でもその一瞬一瞬を大事に、決して軽視せず、その瞬間を真剣に生きようと心に決めた。それは娘の生き方から学んだ。くよくよしていても時は止まらず流れるだけ。また時間を巻き戻すこともできない。だとしたら今から過ぎ行くこの一瞬を楽しんだ方が賢明。それは相談者に対しても同じ。この縁をこの時間を大事に真剣に耳を傾ける事。おこがましいが聞いてあげる事こそが相談者の心の癒しになると私は思う。勿論、背中を押す事もある。
 最後に皆さんの心の中には、強がる自分と押し潰されそうな弱い自分がいると思う。強がる自分を出しても決して強くはなれない。むしろ押し潰されそうな弱い自分をさらけ出した方が自分も周りも自然と優しくなれ温かい手が差し伸べられる。そんな日常を過ごしてもらいたい。いつの日か皆さんにお会いできる日を楽しみに、今日という日を最善の一日にしていこうと思う。

合掌