1. HOME >
  2. 奥之院 思親閣TOP >
育恩の峰より
奥之院思親閣別当 下里 是龍
日蓮聖人厨子修復報恩事業(みのぶ誌2024年11月号より)

 毎朝、奥之院思親閣の祖師堂にて日々の平穏、ひいては世界平和・国家安泰を祈る中、育恩之峰祖師日蓮大聖人、ご両親、六老僧の宮殿(くうでん)を見ますれば大分傷んでいるように見受けられました。それもそのはずです。祖師堂建立からは約400年、宮殿新設からは約200年の時が流れ現在に至っています。前代の佐藤別当に相談したところ、現職の時に宮殿修復を発願されていたようですがコロナ禍の為、断念せざるをえず、志半ばにて任期満了となってしまったようです。その意を受け継ぎ、今代で修復できればと強く思い、身延山当局にその旨をお伝えさせて頂き、修復の許可を得ましたので皆様にご案内ご報告させて頂きます。
 今から約400年の昔、身延山第24世顕是院日要代、元和5年(1619)前田利家側室・壽福院殿華岳日栄大姉が利家菩提の為に身延山奥之院祖師堂及び拝殿・五重塔を建立寄進。その5年後の寛永元年(1624)第25世妙寂院日深代に祖師堂落慶をみる。時流れ、第58世是運院日環代に宮殿新設。このような歴史的にも大変貴重な宮殿の修復に携われる事はこのうえない喜びと同時にとても責任のある事業である事は言うまでもありません。宮殿とは、我々でいうところの住居であります。日蓮大聖人、ご両親、六老僧の住居が長い年月を経て劣化が進んでおりますので、この代で修復し心地良い宮殿でお住まい頂ければと思っております。同時に日蓮大聖人、ご両親、六老僧のお衣も大分傷んでおりましたので新調させて頂ければ喜ばれると思い発願しました。
 しかし、私一人の力ではどうする事もできません。多くの皆様に本事業の趣旨をご理解頂き、お一人でも多くの方にご賛助賜りますよう切にお願いする次第であります。

合掌

募集期間 令和8年8月
御厨子もしくは御衣
1口 1万円
丹誠された方のお名前を記した巻物を御厨子へ収める


不言実行を柱とす(みのぶ誌2025年8月号より)

 厳しい暑さの中、奥之院思親閣に毎日大勢の参拝者が足を向けてくれている事に心から感謝申し上げます。
 育恩之峰祖師・日蓮聖人の御厨子修復事業も順調に進んでおります。今号より、先にご案内致しました様に奥之院思親閣に奉職されています山務員の皆さんの紹介をさせて頂きます。
 まず最初に思親閣執事の小倉健佑上人です。執事さんは身延町の隣町の富士川町出身で御自坊(お寺)は隆運寺です。実は師父上人の弟様の御自坊である本成寺様と私の自坊である本行坊とは大変縁深きものがあります。本行坊44世、下里是察上人の兄弟の子であった円成院日康上人が本成寺様に我々が生まれる前に入寺し、時を経て御縁を頂いた事に驚いています。
 執事さんは令和4年に日蓮宗大荒行堂に入行し、その時に尊神様龍神様より御縁を頂き思親閣に奉職する事となったそうです。その翌年に私も荒行堂を成満し思親閣の別当に就任が決まった時、小倉上人に執事の任を快諾して頂き現在に至っております。執事さんの座右の銘は「不言実行」だそうです。あれこれ言ったり理屈ではなく、やるべき事を実行し、周囲に対しても公言せずただ黙々と地道に一歩一歩進んで行きたいが為にこの言葉が好きだそうです。執事さんは正に「不言実行」を自身に採り入れ自分で決めた事は黙々と地道に歩を進め自身にとって苦手(困難)な事も、あれこれ言わずまずは実践してみる事を極力心がけています。その中で意外と自分にとって大切な事が隠されている事に気付く事もあるそうです。
 そんな頼れる小倉執事さんと1年と3か月を共にしいろいろな局面で助けられております。私の意見に必ずしも寄り添うのでなく時には厳しい意見も述べてくれるとても有難き存在です。只今、継続中の報恩事業も執事さんのサポートあっての今日を迎えられているのだなと実感しております。
 次回は望月俊徳会計を紹介します。

日々合掌


別当就任2年目(みのぶ誌2025年5月号より)

 昨春、身延山山内がピンク色に染まる中、奥之院思親閣第55代別当に就任させて頂き何事もなく初年度を終える事ができました。これもひとえに皆様方のご理解ご協力があったからこそとここに感謝申し上げます。
 初年度に日蓮聖人・ご両親・六老僧の御厨子(住まわれるお家)が約200年の時を刻んでおりましたので思い切って修復を発願し、まずは日蓮聖人とご両親の御厨子、お衣の新調に着手させて頂きました。
 全国の孝厚き多くの皆様よりご支援を頂き順調に修復作業が進んでおります。私一人の力ではどうすることもできない事業ですが日蓮聖人をお慕いする皆様の篤いお気持ち本当に有難く嬉しく思っております。
 思親閣2年目の新緑を仰ぎ見ながら気持ち新たに日々参詣者の方々をお迎えし日蓮聖人にご給仕させて頂く所存であります。
 師父上人が「見る方向を間違えないで……」とよく言っておりました。見る方向とは我々はややもすると自分に有利な方(人)しか見なくなります。何故なら弱い自分(心)だからです。信念をしっかり持ちさえすれば何も怖くありません。例え自分一人になってもです。むしろその方がいろいろなしがらみから抜け出せ楽(生きやすい)になると思います。
 日蓮聖人もまた「難しき問答にも巧みにして、其の心に畏るる所なし」と仰られております。どんなに困難な事に面しても決しておくする事はありません。我々は日蓮聖人のお弟子なのですから……日蓮聖人のように強くは到底、生きられませんがいつか仏都で日蓮聖人とお会いできる時を楽しみに日々をお過ごし下さい。私は本当に楽しみなのです。そう思うと一日一日がとても愛おしく無駄に時間は使えないと思います。別当職2年目を悔いなく進めていこうと思います。
 次回からは山務員さんの紹介もしていこうと考えております。向後共、どうぞお力添えの程、宜しくお願い致します。

日々合掌