月刊教報 みのぶ誌 2020年10月号

祖山時報

新作歌舞伎「日蓮」脚本家御目通り 2020年8月5日
 大奥水鳴楼に於いて、内野日総法主猊下御臨場のもと、令和3年6月から歌舞伎座に於いて上演される新作歌舞伎「日蓮」の脚本家・横内謙介氏が御目通りされた。

戦没者英霊施餓鬼会 2020年8月18日
 午後1時より仏殿納牌堂に於いて、持田総務導師のもと、豊田布教部長、小澤庶務部長が副導師として列座し、在院生、僧道実修生が式衆として出仕して、戦没者英霊施餓鬼会が執り行われた。
 法要が進み、自我偈の訓読が読誦され始めると式衆が行道し、施餓鬼壇を三匝しながら、立幡・灑水・焼香の供養をした。

 法要中には内野日総法主猊下が来臨され、戦没者の英霊に恭しく焼香を施し、哀悼の意を捧げられた。

 例年は、第3期信行道場生が総出仕しており、式衆だけでなく、法要の準備や司会進行などの種々の役も務めている。本年は、コロナ禍で信行道場が開催されなかったため、在院生、僧道実修生が式衆として出仕した。
 この法要がいつから営まれ始めたかは定かではないが、昭和37年みのぶ誌10月号には、京都市の北沢幸一氏の施主により奉行されたと記載されている。
 また、昭和41年みのぶ誌10月号には、北沢氏夫妻は戦時中、毎日欠かさずに京都の本山頂妙寺に参拝し、戦争に駆り出された人々の身体健全を祈念されていたが、戦後になって忘れられていく英霊のことを悲しんで、この英霊供養を思い立たれたものだと綴られている。
 現在は身延山年中行事として欠かすことのできない法要になっており、毎年数多くの英霊に対しご回向を捧げている。
 本年は戦後75年になる。未曾有の悲劇をもたらし、その後の日本を一変させた戦争の記憶は遠のくばかりだ。平和に暮らせる現在こそ、国を想いながら亡くなっていった多くの英霊に対しご冥福を祈って、感謝する心がなくてはならないのだと思う。

松葉谷御法難会 2020年8月27日
 午後1時より棲神閣祖師堂に於いて、浜島副総務導師のもと、豊田布教部長、小澤庶務部長が副導師として列座し、在院生、僧道実修生が式衆として出仕して、松葉谷御法難会が執り行われた。
 松葉谷の御法難は、四大法難の一つである。文応元年(1260)8月27日の夜、日蓮聖人は鎌倉・松葉谷の御草庵に於いて念仏者らにより焼き討ちに遭った。伝承によると、帝釈天の使いである白猿が日蓮聖人の道案内をして、裏山づたいに逃れることができたと伝えられている。
 法要では、参拝者と共に日蓮聖人の忍難慈勝のご生涯に報恩の誠を捧げた。また、法要終了後には、身延山布教師の木下性俊師の法話が執り行われた。

丈六堂施餓鬼会 2020年8月28日
 午前11時より上ノ山丈六堂祖師堂に於いて、豊田布教部長導師のもと、僧道実修生が式衆として出仕して、丈六堂施餓鬼会が執り行われた。法要後には豊田布教部長が挨拶をされ、施餓鬼供養の大切さを伝えた。

晨朝説教二本立て
 9月1日から本堂に於いて、身延山布教師の浜島共栄部長、豊田布教部長、小澤庶務部長、長谷川財務部長、梶山善生師の5名と僧道実修生が日替わりで朝のお勤めが始まる前の約10分間、法話を行っている。
 本堂での法話は、朝のお勤めの内容等にも触れられており、参詣者の理解と益々の信心を促す内容になっている。
夏期:午前5時10分~5時20分
冬期:午前5時40分~5時50分

旧書院耐震保存修理工事進捗状況 2020年9月7日
 登録有形文化財(建造物)である旧書院は、経年劣化による建物の歪みを直し、瓦から銅葺へ屋根の軽量化を図るなど、文化財保護のため、工事の真っ最中である。
 昨年10月31日に起工式が行われてから8か月以上が経過し、本年12月の竣工に向け、着々と工事が進められている。
 尚、工事期間中も引き続き銅版等ご喜捨を受け付けている。

教箋