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育恩の峰より
奥之院思親閣別当 望月 海俊
一念無明の迷う心は磨かざる鏡なり 南無妙法蓮華経と唱えたてまつるを磨くと云う(一生成仏鈔)(みのぶ誌2016年12月号より)

 本年も残すところ1か月程となりました。皆様におかれましては、どのような1年でありましたでしょうか。
 思親閣に於いては、既報の通り、妙蓮尊尼の遠忌法要を含む浄行を、つつがなく勤めさせて頂きました。それもみな、皆様の尊いお心と協力の賜であると、あらためて深甚の謝意を表したく存じます。
 尚、今般の報恩が「母」を主題としたものでありましたので、些か父の存在が薄れていた感は否めないところでありますが、浄行「母への手紙」は、明年より「父母への手紙」として、思親閣の通常業務として承りますこと、ここにご案内させて頂きます。
 さて、気ぜわしい年の瀬。少しゆとりをもって頂きたく、物語をひとつ。
……昔、正助という二親の墓参を長年欠かさない孝行息子がいた。それがお上の目にとまり、正助の欲しい物が褒美として頂けることになる。彼は、それならば「父に会いたい」と。役人も困ったが思案の末、箱に鏡をしのばせ下げ遣わした。正助がそっと覗くと、箱の中に父の顔。鏡など見たことが無い故、ありがたく持ち帰り、女房にも内緒で長持ちの中に秘匿する。そして朝夕に箱を開けては父に挨拶をする。
 お上の粋な計らいでありますが、なんと言っても、鏡に映った自分の顔が、親に似ていたところに1つの要点があります。齢を重ねますと、親に似てきたと周囲から言われたり、又亡き親の年齢に近づくと、親のことを思い出さずにはいられないものです。しかし、外面のみならず、お題目をお唱えしての心の鏡を磨けば、そこに仏さまをはじめ、懐かしい親の大恩が映し出されるという、大聖人の教えを肝に銘じ、親の恩に報いる生き方をしているのかとも、振り返りたいものです。
 明年のご清祥を、思親閣より謹んでご祈念申し上げます。

合掌

追記 新年の初祈願等受付中。思親閣迄。