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◆表紙絵解説
願満堂

 妙石坊の裏手から七面山・奥之院思親閣への参道に入り、左手の鳥居がある道を進むと願満堂へと至ります。この地には日蓮大聖人が御在山の当時、戦に敗れた竜王淡路守正義という武士が住んでおり、大聖人が身延山頂への途上、この付近で足を洗って竜王氏を訪ね、説法をなされました。その折に、竜王氏奉持の観世音菩薩(または祖霊)を願満大菩薩(または願満稲荷)と御命名になられたと伝えられております。以来、この地を洗足と呼び、人々に「身延の願満さん」と親しまれております。

絵:藤田由也画伯



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月刊教報みのぶ誌バックナンバー

2017年6月号

目次

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教箋のことば 〜「光明言」〜
身延山第九十世 岩間日勇法主 著『共に生き、共に栄える』より

教箋

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祖山時報

住職担任認証式
 4月14日、朝勤終了後、棲神閣祖師堂に於いて、日蓮宗管長内野日総法主猊下大導師のもと、池上庶務部長、吉村法務部長、村松布教部長、宗務院より川口総務部長が列座し、各寺院の檀家総代の見守る中、厳かに住職担任認証式が執り行われた。
 法味言上の後、内野日総法主猊下より新住職担任一人一人に認証書が親授された。その後、新住職代表より法燈の継承、檀信徒の教化に務めて行くと宣誓が述べられ、慶事を祝う御杯之儀が行われた。式を閉じるに当たり法主猊下より訓辞を賜わり、御真骨堂を内拝した後、法主猊下を囲んで記念撮影を行った。
第1期信行道場入場式
 4月15日、午前10時より棲神閣祖師堂に於いて、日蓮宗管長内野日総法主猊下大導師のもと、吉村法務部長、村松布教部長、望月財務部長、宗務院より柘植教務部長が列座し、平成29年度第1期信行道場の入場式が行われた。
 法味言上の後、内野日総法主猊下より道場生らに訓辞が述べられ、続いて柘植教務部長が挨拶を述べられた。第1期信行道場職員が紹介された後、道場生代表による宣誓が行われ、35日間に亘る修行に専心することを誓い、入場式を終了した。
表千家献茶式
 4月16日、午前11時より本堂に於いて、内野日総法主猊下大導師のもと、井上総務、吉村法務部長が脇導師として列座し、在院生、僧道実修生が式衆として出仕し、表千家献茶式が執り行われた。
 読経の声が響く中、本堂上段にて宗匠による献茶の儀が行われ、薄茶と濃茶が御宝前に奉呈された。
三田村有純先生公開講座
 4月20日、東京藝術大学美術学部教授三田村有純先生による公開講座「藝術が創る世界」が、報恩閣2階の報恩の間にて行われた。
 公開講座の前には大奥水鳴楼にて、内野日総法主猊下にお目通りされ、自身の作品である藝術絨毯「宇宙曼荼羅 久遠」と蒔絵「折鶴の記」を奉納された。講座には身延山大学の学生など多くの人が集まり、先に奉納された作品の説明や講義に聞き入っていた。
感井坊日蓮聖人像修復完成遷座式
 4月25日、午後1時より身延山追分感井坊に於いて日蓮聖人像修復完成遷座式が執り行われた。
 追分感井坊は、身延山と七面山とを結ぶ参道の分岐に建てられ、古くから多くの参詣者の往来の場として栄えていたが、自動車道の整備などによりしだいに参詣者も減り、近年荒廃していたが、山内支院清水房住職内野光智上人の発願により、追分帝釈結社として堂宇の整備や、参詣者の休憩所として復興を遂げた。
 堂内に祀られていた日蓮聖人像も長年、山中の厳しい自然環境に置かれていたため、昨年の4月より身延山大学工房「彫玄堂」にて修復が進められていた。この度の完成にあたり、身延山大学工房より、本院祖師堂、奥之院思親閣にて、修復完成奉告を行った後、感井坊に遷座された。
 本院祖師堂では内野日総法主猊下がお見えになられ、内野上人をはじめ、感井坊関係の信徒らにお祝いの言葉をかけられた。
立教開宗会
 4月28日、午後1時より棲神閣祖師堂に於いて、井上総務導師のもと、吉村法務部長、内藤輪番事務長が副導師として列座、在院生が出仕して立教開宗会が虔修された。
 法要後には、身延山布教師梶山善生師による法話が行われ、法要に参列した参拝者は熱心に聴聞した。
新入生霊跡参拝
 4月28日から29日までの2日間で、日蓮聖人の霊跡を巡拝する新入生霊跡参拝が行われた。
 この霊跡参拝は身延山高校の新入生、身延山新在院生、僧道実修生等、本年4月より身延山に於いて行学に励む新入生を対象に、村松布教部長、布教部員、身延山高校職員引率のもと毎年行われている。
 28日、午前5時半に身延山三門を出発し、バス2台で伊豆法難の地伊東市佛現寺を参拝、伊豆法難の際に日蓮聖人をお守りした船守弥三郎の屋敷跡である蓮慶寺と日蓮聖人が匿われた御岩屋祖師堂を参拝、その後は日蓮聖人の故郷千葉県鴨川市に向かい、小松原法難の地鏡忍寺を参拝。小湊へ向かい日蓮聖人のご両親、妙日尊義、妙蓮尊尼の墓所を護る妙蓮寺を参拝し、御生誕の霊場誕生寺まで唱題行脚を行い開帳を受け、1日目の日程を無事に終え、清澄寺にて1泊。
 翌29日は、午前4時30分に研修会館を出発し、建長5年4月28日、日蓮聖人が朝日に向かって御題目を唱え立教開宗を宣言した場所である旭が森にて唱題をした後、清澄寺朝勤へ参列。その後は、日蓮聖人最初の開基寺院と伝えられ、興津の領主佐久間兵庫頭重貞の招きで、興津城内の持仏堂にて10日間の説法を行った霊跡である妙覚寺を参拝。そして、藻原寺を参拝し、東京谷中瑞輪寺、池上本行寺を参拝、最後にご入滅の地、池上本門寺に於いて開帳を受け、菅野貫首より訓諭を賜り2日間の全行程を終了した。
千部会
 5月3日から5日までの3日間、午後1時より本堂に於いて、内野日総法主猊下大導師のもと、井上総務、身延山支院各聖が副導師として列座、支院各聖、在院生、僧道実修生が出仕し、千部会が虔修された。
 法要では、3日、5日は法華経八之巻を読誦、4日は如来寿量品を転読した。法要終了後には本堂高座に於いて、3日は塚本智秀師、4日は筒井治稔師、5日は村松布教部長による御代講が行われた。大型連休中ということもあり、多くの参拝者が身延山を訪れ、法要に参列し共に御題目を唱えた。

連載「大聖人のご文章を読む(21) 【日女御前御返事】(7)」

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 布教部長 村松潮隆/絵:藤田由也画伯


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