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◆波木井の御影
藤原親安が南部実長の館で写したという日蓮聖人の画像。1281年、日蓮聖人60歳の姿であるといわれています。

身延山久遠寺の由緒 日蓮聖人の生涯 お題目を唱えるということ 「法華経」とは

久遠寺縁起

『法華経とは』 お釈迦さまが留め置かれた根源の教え

「二処三会」と「虚空会」

 「法華経」は、この「二門六段」という分け方のほかに「二処三会(にしょさんね)」という分け方をすることもあります。お釈迦さまは、古代インドのマガダ国の首都、王舎城の東北にそびえる「霊鷲山(りょうじゅせん)」という山で「法華経」を説かれました。「序品第一」から「法師品(ほっしほん)第十」までは、この「霊鷲山」において「法華経」が説かれる場面なので「前霊山会(ぜんりょうぜんえ)」とします。つづく「見宝塔品(けんほうとうほん)第十一」から「嘱累品(ぞくるいほん)第二十二」は、地上から虚空(こくう)へと場面が移り、ここで「法華経」が説かれるので「虚空会(こくうえ)」とします。「薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)第二十三」から「普賢菩薩勧発品第二十八」までは、ふたたび地上にもどり「霊鷲山」において「法華経」が説かれる場面なので「後霊山会(ごりょうぜんえ)」とします。この二つの場所と三つの場面を「二処三会」といいます。

なかでも「虚空会」は特に重要な場面で、お釈迦さまは空中にあらわれた「七宝の塔」の中に入り東方宝浄世界の仏である「多宝如来(たほうにょらい)」とともに座して「妙法蓮華経」の中心的な教えを説かれます。「虚空会」では、「勧持品(かんじほん)第十三」において「妙法蓮華経」弘通の困難の予言、「従地涌出品第十五」において「本化菩薩(ほんげぼさつ)」の涌出、「如来寿量品第十六」においてお釈迦さまの「久遠実成」の顕示、「如来神力品(にょらいじんりきほん)第二十一」において「本化菩薩」への「妙法蓮華経」弘通の付嘱(ふぞく)、などが説かれています。

「妙法蓮華経」は、単なる経典の名前ではなく、お釈迦さまの教えが最終的に帰結した大法であり、「妙法蓮華経」の妙法五字の中にこそ、お釈迦さまの功徳のすべてが含まれています。したがって「南無妙法蓮華経」というお題目を唱え「妙法蓮華経」に帰依することによって、すべての人々の「即身成仏」が約束されるのです。